友達の金子薫の劇団『
ハイブリッド渾沌』さんのお手伝いをしてきた。
ついでに観劇してきた。
手伝いに行ったのか、観劇に行ったのかわかりません(苦笑)
差し入れのおかしいっぱいもらってきてしまった。あははは(苦笑)
薫ちゃんセンターからダンスシーンだったんだけど、ダンス中も薫ちゃんがセンターでライトあたってたから、うわ、トップスター!と妙な受け方をしてしまった。
……ここはタカラヅカではありません……。(切り替え中)
話のほうは最初からドロドロ。
こんな舞台を作るくせに、薫ちゃんって、なぜブログがあんなノリなのか不明。。。
いわくありげな姉と弟の会話のあと、盗んだ下着でハニーの香り成分を補充するストーカーとか、ギター弾けないのにミュージシャンを名乗るナルシストとか、不倫して相手が結婚してることに「許せない」と呪いをかける女とか、なんだかわかんないけど北の海に行きたい態度のでかい高飛車な女とか、キューピー人形をしょってる隣人とか、係わり合いになりたくないような類の人が大量に出てきて、キモい…(役者のみなさん、すみません…)。何がおきてるかわけわかんない…。
どうなるんだ?と見ていたら、、、いつの間にか引き込まれて見入ってた。
最後のほうは、謎だったことがはっきりしてきて、
ああ、そういう話だったのか!と感心しつつ、
主人公が感じているだろう引き裂かれるような感情に引きずられた。
後悔すること、
直視したくない現実、
なのに何度思い返してもそうするしかなかったようなこと。
つらい。
つらい。。
つらい。。。
良くても、悲しい。
だめだろうがよかろうが、
他の人にどう思われようが、
どんな解決方法が見えていようが、
それしかないとわかっていようが、
叫ばずにいられないような、悲しみ。
他人ごとなんだけど、それ自体は自分に起こりそうもないことだけど、
違う形で、その感情にさらわれる出来事が、
自分におきても不思議ではないことを知っている。
今までの公演の中では、一番好きだな。ちょこちょこ「これはこういうことだったのかな?」と思う部分があって、もう一回みたいなという気持ちも今までの公演の中で一番あった。受付してたときに音声聞いて確認できました。満足。うーん、ストーリー的にもおもしろかった。
「姉」役の白石さんが、今までとぜんぜん違う感じで、新鮮でした。
っていうか、あんなに憔悴しきった白石さんは初めてみた…。
大丈夫ですか?って聞いたら、「いつもは芝居の夢は見ないけど、今回だけはさすがに見る。風呂で酒を頭からかぶってリセットしないと今回はだめだ」って言ってた。
そうだろうなぁ…。
今回の「姉」って、つらいことがおきるので、姉として居ること自体が大変そうなんだけど、なにより今回の「姉」は、「影」以外の全員の「念」が向かっているような立ち位置なのです。芝居とは言え、本気で芝居して出てる変な念を一身に受けて芝居し続けるのは、ものすごく大変だろうな。中心にいる人って大変だな、、、と思った。
それにしても、稽古場からおじゃましてたらよかった。普段どういう人がどういう役するのか知ってたほうが、大変さが想像できるから、いろいろやってあげなきゃという気分になる。前回もそう思ったはずなのに、忘れてた。次こそはそうしよう。
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いつも読んでるメルマガで、谷川俊太郎さんのインタビューが載ってた。
引用の引用になっちゃうけど、メモしておく。
月刊PLAYBOY9月号 P.63
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谷川:
(省略)相田みつをさんの詩の人気ってすごくて、美術館みたい
なものもできてるけれど、こういう人生訓的なものを詩の世界
に求める傾向は日本人に昔からありましたね。
われわれはそれとは違う線でずっと来てるから(笑)、・・(省略)
詩というのはメッセージではないんです。
今、学校教育で必ず「この詩のメッセージは何ですか?」とな
るんですけど、メッセージなら正確で簡潔な散文で言えばいい
んであって、詩は、メッセージを伝えるものではなくて、言語
ってものを1つの確固としたオブジェのように提出するのがも
ともとの働きだと思うんですよね。
散文に慣れている読者は、まず意味をどうにかして理解しよう
としてしまうんです。
だから、僕はそれに対して、意味を理解することも必要かもし
れないけど、おいしい食べ物のように味わってほしいってよく
言うんですけどね。
でも、味というのは学校教育の中で点数がつけられないんです。
理解は点数がつけられるけど。
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おおお、谷川さん!
なんかわからんけど頭を下げたい気分になった。
理解する、以外のこととは、なんだろうか?
言葉というのは、なんだろうか?
わしはインストラクタです。
よく思うのは、テキストがあるのになんでインストラクタがいるのだろうってことです。
素晴らしいテキストがあっても、書いてあることをそのまま読むだけでも、インストラクタはいないよりいたほうがいい。説明の日本語が変でも、適切なタイミングで音として耳から入れるだけでも、文字とは違う意味があるらしい。わしがやってるのはなんでしょうか。理解を手助けする仕事ではありますが。
芝居にしろ、ダンスにしろ、歌にしろ、営業にしろ、体や言葉をつかってなにかを表すということは、「言いたいことを伝える」以外にいったいどういう役割があるのだろう?